Memories〜セピア色の想い出
一昨日の深い夜、一本の電話があった・・・・、
"お母様がいま亡くなられた"そんな内容だった。
それは高校時代からの友人M田からだ、「ひとりぽっちになってしもうた・・・。」
いつもスタイリッシュを信条としている彼の、弱気な発言だった。
其の昔、KBCラジオ音楽番組「歌え若者」が放送されていて、
その番組に出演する事が一種のステイタスだった。
彼も私も別々のバンドを組み、何となく互いに意識をしていた。
いつもの様に「歌え若者」を聴いていると、バンド紹介で
聞き慣れた名前が・・・M田だった。
「一足先を越された・・・。」正直そう思った。
それから1年後、大学のキャンパスで彼と遭遇した「よっ!」
相変わらず気障な男だった。
彼から何度となくF愛好会へ誘いを受けたが、気乗りしなかった。
それから数ヶ月後、心理学の授業での事。
隣に座った男が妙に落ち着きがない、何かを探している風で、ソワソワしている。
其の男が開口一番「あの〜、教科書見せちくりましぇんか?」訛っていた。
紛れもなく鷲くん(英山先生)だった。
小学生の様に一つの教科書を囲んで授業を受けた?!
(今思うと、異様な光景だったに違いない)
無論授業に集中出来るはずもなく、世間話に花を咲かせた。
聞けばこの男、音楽に興味が有ると言う・・・!
そうなれば、こちらも好き者 打ち解け合うには、時間がかからなかった。
その後鷲くんは、器楽部へ入部するが、数ヶ月で辞めてしまう。
(器楽部には、当時ド素人のM島の金ちゃんが在籍していた)
鷲くんの誘いも有り、F愛好会の集会へ行ってみると
あのM田もそこにいた、彼はもう「ポップコーン」と言うバンドで
田川のジョンと歌っていた、勿論ビートルズのナンバーを・・・!!
また「また先を越された」!!・・・・そんな事を思い出した。
昨日がM田のお母様の葬儀だった、鷲くんも遠方から駆け付けてくれた。
其の模様を映像に残していたが、M田の看病疲れの痩せた体を見て
挨拶をどうしても聞くことが出来ず、途中で退席した。
斎場にディスプレイされていた、セピア色になった美しいご婦人の写真が
様々なことを思い出させてくれた。
お母様のご冥福をこころよりお祈りします。








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